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2011年5月30日 (月)

東電社員の息子がM小学生新聞に投稿した件じゃが

どうも臭いんじゃよなぁ。本当に小学生が書いたとすれば、とても賢い子じゃ。そして、拙い表記もあるようじゃしのう。しかし、誤解を恐れずにいうと、大人が原文を書いた、あるいは大人が子供に書かせたような気がしてしょうがないんじゃよ。かつてグリ森事件のときに、子供の声で、犯人から連絡があった。録音テープじゃったかな。その子供は、実在するじゃろう。子供が黙って秘密にできるかどうか、その線から犯人を割ることができるのではないかと思われたが、結局無駄じゃった。何を言いたいのかというと、大人が子供の振りをして、投稿することは簡単じゃということじゃ。ほかの投稿についても、本当に子供が書いたのかどうか、それを判定することは難しいが、そこまでやって意味があるのかどうか。その書かせた大人にとってメリットがあるかどうかということじゃ。東電と原発について「国民全員の責任である」旨を記したようじゃが、それで東電は胸をなでおろすじゃろう。わからんよ。本当に男の子が一人で自発的に書いたかもしれん。しかし、これまでの東電や原発村の人間は、それくらいのことを平気の平左、蛙の面に小便でやってきたことからすれば、何かとても嫌な感じのものが胃の辺りから上がってくるんじゃよ。M新聞にも載っておったし、今週の週刊Gにも載っておるので、是非呼んでほしいところじゃな。花山大吉

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2011年5月13日 (金)

原子力技術の蓄積は高い片道切符を買い続けるが如し。

今朝のNHKのラジオで、鳩山政権に脱アメリカを入れ知恵して大失敗した寺島某なる人物が、福島第一原発事故について妙なことを言うておった。原発のコスト安について話し始めたので、「それは嘘だったのです」というのかと思うたら、嘘だと言わんので変じゃなと思うた。原発は、施設ができてから廃止されるまで、危険な放射性廃棄物や気体、液体、固体を出し、対テロリストの厳重警備、周辺機材、機器、ありとあらゆる部分で莫大な金が掛かる。それはすべてが血税や消費者からの電力料金であると言えるが、そこにうじゃうじゃとダニが大勢食らいついておるわけじゃ。経済産業省も原発コストに関する情報は企業秘密を楯に公開しないようじゃ。話が反れたわい。「嘘だ」とナゼいわんのか。どうもなにやら含みがあるようじゃった。話は、さらに「環境に優しい」というた。そして二酸化炭素を出さないからとも。「原発は、二酸化炭素を出さないから環境に優しい」などというのは、電通あたりのタワケが作ったボケ倒しコピーかもしれんのう。そういえば今回のメルトダウンが起きる前に、アニメのCMで、どでかい河童が池から浮かび上がって「原発は二酸化炭素を出さないんです。伊達に河童をやっていません」などと、ほざくものが放映されておったのう。これは詭弁以外の何ものでもない。二酸化炭素と放射性物質を比べてどちらが危険か。二酸化炭素が増え続けて、地球が仮に超温暖化したとしても、二酸化炭素自体が直接的に動植物の死に直結するわけではござらん。また、地球の温暖化(平均気温上昇)について疑問を呈する研究者もおれば、温暖化効果ガスと地球の平均気温上昇の関係について疑問を呈する研究者もおる。二酸化炭素排出権取引なる金融商品を作り上げる核論として持ち出されたという説もござる。確かに地球環境が大きく変わりつつあることは間違いないがのう。それをどうするかはまた別の話じゃ。おっと話がまた反れたわい。じゃが原発や放射能は、即動植物の死に直結する重大な危険じゃ。つまり二酸化炭素排出削減のために原発を選択することは、生きることを放棄したことに等しい。すぐ死に絶えるか、時間を掛けて死に絶えるかじゃな。現代人の生活そのものが地球環境の負荷となることは否定しようがござらんから、それならば、地球環境のために全人類は、皆、原発の放射能で死になさいという選択になりかねん。ダイオキシンよりも鉛よりも六価クロムよりもアスベストよりも水銀よりもテトロドトキシンよりもO111よりも恐ろしいのが放射能じゃ。はっきりいうて、人間にはどうすることもできない。できることがあるとすれば、ただただ半減期を待つことだけ。つまり長い長い時間のみが解決できるのじゃ。にもかかわらず、この寺島某は、「原発が環境に優しいことの嘘」を言わんかった。鳩山による二酸化炭素排出を1990年比25%削減すると宣うた後ろ側におったのが、この寺島某であれば当然かもしれんがのう。な、納得できるじゃろ。原発の廃棄物処理を考えれば、それを他国へ移送するか、わが国で処理処分するしても地中深くに埋設保管するしかない。地中に埋めることが地球環境に優しいのか?それは違うじゃろう。

さらに寺島某は、原子力技術の蓄積について言及した。中国やアジア諸国が原発を導入しており、「日本が原発廃止へ進むと、原子力技術の蓄積ができない」と原子力技術の停滞や遅れをまるで不安だと言わんが如き弁舌じゃった。で「アメリカは、原子力空母や原子力潜水艦を保有し、製造し続けているために、スリーマイルアイランドの原発事故から新規原発を設置していないものの、原子力技術は蓄積し
ている」とか。そりゃそうじゃろう。じゃが、原潜や原空母を廃船にするときはどうするんじゃろうかのう。考えておらんよ、この御仁は。ソ連やロシアみたいに海底深くに沈めるのかのう?今後も、原子力技術を蓄積するとすれば、それはどうしたって現実の工学として何か設備をあるいは兵器を作りたくなる。それが原発であり、原爆であり、原潜・原空母であるからのう。原子力技術は進めなくてよい学問じゃと敢えて言わせて頂こう。しかし、関連分野でどうしても進めなければならん分野もある。それは、放射能の除去や無害化(これができたらノーベル賞もんじゃろう)や低濃度化の技術や被曝者診療と治療技術や廃止・廃棄物処理技術じゃろうな。それ以外は進めても意味がない。というか、現段階で、有効な無害化処理も廃棄処分もできないわけじゃから、原子力技術の蓄積は負の負担となるのみじゃ。つまり技術の蓄積という響きだけはかなりいいが、正直に言えば、後世に負の大きな負の遺産を増やすばかりとなる。かつて北杜夫氏の名著「船乗りクプクプの冒険」には、確か南の島で原始的な生活をしている原住民が、実は超先進的な民族で、環境破壊をしないために、太古の昔から同じ生活様式をしていて、原子力についても研究だけはしている――なんて話が記されておった。恐らく、拙者が考えるにその原住民は、放射性物質の無害化や低濃度化、安定処理、半減期を早めるような研究をしているのでござろうな。つまり寺島某のいう原子力技術の蓄積は、どこが終着駅かわからない、果てしなく続く高い片道切符を買い続けるようなものじゃ。技術の蓄積は、後世への負担を減らす方向にしかござらん。帰り道の切符を買うためにはどうすればいいのかということじゃ。財務省が悩んでおる1000兆円にもなろうという国の借金を、低い出生率で生まれてくる後世の負担とならないように、いかにして減らすか、というのと同じ原則でござる。

寺島某のは、この話の前置きとして、「私は、原発に反対しているわけでも、推進しているわけでもなく、私たちがこれからどうするかを考えるべきだ」――というようなことを述べておったと思うが、上記のように、話をよく聞いてみると、原発を推進している側に軸足が載っていることがわかる。「夏に電力不足に陥る」というキャンペーンも、東電や電力会社や経済産業省や原子力保安院や原子力安全委員会や東大原子力工学の似非学者やその周辺で原発マネーを貪っとる企業や組織の勝手な論理でござって、こやつらが今まで同様に豊かな生活をしたいだけでしかござらん。言われなくても国民はもう節電に動き出して知恵を出し始めておるよ。かつて一般ゴミや産業廃棄物処理の権威(学会や業界団体の長である爺さん)は、ある懇親会の挨拶で、「家に帰ると家内からは『ごみの出し方』も知らないのによく偉そうにゴミ処理の先生なんかできるわね」と嫌味を言われたというとった。つまり節電も現場を知らん、組織の上の方にいる頓馬よりも、実生活の現場を支えている主婦や主夫の方が、基本がわかっておるから応用や対応も早い。常日頃から考えて現場におらんと何もわからんのじゃ。

そうそう、言い忘れたが、この原子力マネーをこれまで貪った人間にも、今回の福島第一原発事故の補償費用で負担してもらう必要がござるな。何しろそれで「いい目」にあってきたんじゃからのう。「しかし我々だって国の方針に従ってきただけだ」というのが彼らの論理じゃろうが、国や自治体だって変わる。間違いがあったら変わるのが人間であり組織じゃ。でなければ、生き物に進化や進歩はない。進化し進歩しなければ、その生物は死に絶える。役人は、無謬性に凝り固まる傾向が強いが、それももう終わりにして、悪いことは悪いと認めるしかござらん。頭が悪いことを認めなくたって頭が悪いんじゃからしかたないぞえ。亀井さんがいうた名言「馬鹿足す馬鹿は、やっぱり馬鹿なんだよ」じゃな。福島1号機がメルトダウンして炉心に穴が開いていたことに、今頃になって漸く気づくような人間たちの集団がいくら、「これから先も原発が必要だ」と言ったところで説得力ゼロどころか、マイナスじゃ。はっきりいうて大嘘でしかなかろう。つまりこれから先は原発は不要だということじゃな。

国民が節電したり、日本列島の排他的経済水域に眠る天然ガスやメタンハイドレードや地熱や潮汐発電やいろいろと知恵を出したりすれば、多分、原子力マネーは直、干上がるじゃろ。誰も賛成せんからな。それにしても寺島某を使うNHKもNHKじゃな。受信料を貰って、国民のためにならんことを朝から放送するべきではござらん。今ごろ、お主に言われんでも、国民は皆、真剣に考えておる。今は、福島第一原発の吉田所長以下現場の方々に任せるほかないが、その後は、どうやって安全にとめることができるのか、頭のいい人たち(今いる人たちじゃ駄目じゃな)からあらゆる知恵を出してもろうて解決し、そうして乗り越えたノウハウを蓄積して、それを諸外国に提供できるようにすべきじゃろう。

もう一つそうそう、マスコミといえば、前に昼のワイドショーで直木賞作家じゃか芥川賞作家のお坊様が東京新聞で、「正直なデータを全部だすだけでいい」という記事を載せたことに対し(このお坊様の仰ることは正しい)、頓珍漢なことを言うた新聞社の女性編集委員のことを書いたが、また今日の朝刊で、この女性編集委員が変なことを書いておった。何とコカコーラの会社と東電を比べておるんじゃ。この記事は、どうも話の流れからすると、コーラの会社は、グローバルで、いい会社であるように読めた。それは違う。コーラの原液がどんなものか公表されておらんことを知らんようじゃな。あれは社外秘なんじゃな。それを追求されないように、東電同様に広告費をばら撒いてマスコミを封じ込めておる。ロス五輪からさほど年月も経っていないのにアトランタで五輪開催できたが、これは確かコカコーラが仕組んだもの。ロス五輪以降は、五輪が真っ黒であることはマスコミで常識じゃ。薬九層倍。コカコーラよりペプシの方が拙者は好きじゃな。これはまあ好みの問題じゃがのう。要するに、この女性記者は、あまりよく調べないで東電と比べておるということじゃが、素人の書いたような文章に対して、金を払って読まされる身にもなってほしいのう。紙がもったいないのう。花山大吉

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2011年5月11日 (水)

チェルノブイリの原発事故は、ベルリンの壁を

破壊し、ソビエト連邦を崩壊させた。国民の生命に関わる重大事故の事実を隠蔽しようとした政府に対し、国民の政府に対する不信感はどす黒い澱となって国民の心の底深い部分にたまっていったらしい。それが東側諸国崩壊の火種になったわけじゃが、福島第一原発事故は、きっと悪弊だらけの原発利権の旧態を崩壊させ、新たな何かを、生み出すはずじゃ。

前回書き忘れたが、危険なものは、危険度が高ければ高いほど、一旦動き始めたら金がかかる。オイルショックも手伝い、原発マネーに群がった壁蝨もたくさん湧いたわけじゃが、壁蝨には原発事故の熱射で駆除できるじゃろう。、

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2011年5月10日 (火)

原発運転停止はトップダウンしか

ござらん!それに原発高コストをねじ伏せたのは核兵器製造能力維持の安全保障的精神じゃろうな。

トップダウンでなければできんよ。運転停止を利害関係者や関係団体やら、他の閣僚やらに説明や調整しとったら、できるわけなかろう。それがマスコミにリークされてみぃ、反対工作がなされて潰されるのがおちじゃ。この事故が起きるまでに反原発の狼煙を上げて、潰されてきた方々がどれだけおったことか。要するに、この手の話は誰にも相談するべきではないということじゃのう。ただ、アメリカが発した「浜岡原発を停止せよ」との圧力に菅さんが屈したとの報道もある。それはそうじゃろうな。浜岡原発がおかしくなって第七艦隊の機能を失う事態だけは避けたいということじゃ。しかし、これはさしたる自衛手段を持たぬ日本にとっても重要なことでござろう。さらに言えば、震災や原発事故でアップアップのところを攻めてくる国はないとは思う。じゃってそんなことをすれば大きな国際問題となり、第三次大戦に発展しかねんからのう。じゃが、北朝鮮やら中国やらを見据えたときに、この国々に対してわが自衛隊は何もできん。じゃから圧力に屈するのも仕方のないことじゃて。結果オーライじゃろう。

そして津波対策が終わったころに、浜岡原発を動かすことになるかじゃが、まず無理じゃろ。日本人は、お人よしの愚かな国民ではある、しかし、目的意識がしっかりと定まれば一つにまとまり一直線に走る。これはいい意味でも悪い意味でもじゃ。かつての戦争好きじゃった国家の時は悪い意味でじゃ。しかし、その後、戦争がよくないと身をもって知れば、経済大国と復興を目指し邁進してきた。他国と一切交戦をせずに、平々凡々とやることができて、恐ろしく平和ボケしたほどじゃ。またごみ問題が起きれば、皆でゴミを分別してリサイクルし、寿命わずかとされた最終処分場を延命し続けておる。一直線に突っ走るために、心を病む人たちやいろんな事情で自殺してしまう人たちなどを見過ごすようなことがいっぱいあるように、悪い部分で多くの副産物も生んでおる。しかし、繰り返すが戦争は一度足りともしておらん。じゃから、原発が恐ろしい化け物であることを認識してしまったわが国民は、もう浜岡原発の再始動を許すというか、求めることはなかろう。

そのころには電力を無駄遣いしない生活も板についてしまい、いくら安い電力料金になるとしても、それがまやかしであると認識した後では、もう無理じゃ。これは、他の原発へも波及する。電力を無駄遣いする生活や、そうして生産された製品は好まれなくなり、その傾向は強くなるはずじゃ。今、ホームセンターなどでは、ニガウリ(ゴーヤ)の種が売り切れておる。テレビなどで、夏の節電に備えて緑の日除けを今から作ろうという情報が流されて、皆が買いに走ったからじゃ。これは買占めとは違うじゃろ。偉いのう。お人よしで愚かじゃが本当に偉い国民で涙が出るほどござる。恐らく、今年は、猛暑にならんじゃろ。仮になったとしても、そうした国民の努力で、電力需要は大きく下がる。

さて、原発のコストの問題じゃ。これまで某は、原発で低コストの電力ができるとは知らなんだ。一般の人々とは逆なのかもしれんが、それはナゼかというと、恐ろしい廃棄物がいっぱい出るからじゃ。廃棄物の処理は、有害物質や有毒物質など、その危険度が高ければ高いほど処理コスト、無害化コストは跳ね上がる。量が多ければ商業ベースでは無理なことが多々ある。いくら爆発的なヒット商品を製造できるメーカーであれ、それを作る過程で有害廃棄物が大量に出ると、それはヒット商品ではなくなるわけじゃ。採算が合わないということじゃ。じゃから、某は、原発にすいて、皆、それを承知でやっておるんじゃと思っておった。ところが、最近は、原発の低コストは廃棄物処理費用を加算しないまやかしである、と報道されておる。某は驚愕した。運転停止で、中電は、原油や天然ガスの輸送費が月々7億円かかるとか、あるいはコスト高になるとか、と未だに中部電力はいうておるようじゃが、それも廃棄物処理を加算しとらんじゃろ。廃炉処理も含めると、もっと凄いことになるぞえ。フィンランドだったかの映画で、廃棄物処理に10万年かかるという内容のものが今話題になっておるらしい。まあ、今頃、某がそう思っておったというところで、後だしジャンケンじゃと愚か者めと言われたら、返す言葉ももないがのう。

じゃが、当コラムで、口が酸っぱくなって歯が解けるくらいになってもいうとるように、某の原発の認識は、核弾頭予備兵器でござるからな。宇宙ロケット技術+原発技術=長距離核弾頭生産技術、という具合じゃ。平和利用じゃというて、分解して持っておれば、他国から干渉されることはないというわけじゃ。「いつだって簡単に作れるけど、作らないよ」ということじゃな。それで先進諸国と肩を並べておったということじゃ。勿論、じゃというて作るかというたら、世論や諸外国を納得させなければいかん。それは大変困難なステップを踏む必要がござるが、実際、時の首相、佐藤栄作も作る気でおった。1964年に中国が核実験を成功させてからという説もござる。日本初の原発は、1957年設置、1960年着工、1966年運転開始の東海村の原発じゃが、どの時点まで原子力の平和利用のみを念頭にしておったかははっきりいうてわからん。しかし、わが国の超大国への憧れと、それに並ぶプライド、そして発展途上国・中国の核開発と核実験成功は、日本を原爆保有へ向かわせる動機として十分じゃった。じゃから、高コストでも、兵器の側面が強いという方針で、原発を作るのも一理あるのかもしれんと認識しておった。実際に核弾頭を作るとなれば、インスタントラーメンのようにはいかないが、難しくないとの結論を当時の内閣調査室の報告書は結論づけておる。

某の拙い分析じゃが、要するに、当初は、先進国への憧れとプライドと危機感がござり、それで廃棄物コストよりも他国からの防衛、国の安全を優先させたことがござるようじゃ。そのうち、その枢要部分を慮る者が時の流れと共にいなくなり、廃棄物コストが見過ごされ、意図的に隠すことを偏った商業主義は当たり前のように考え、単なる建て前じゃった平和利用や商業・営利利用が、本音として大手を振るい、それが台頭したわけじゃないかのう。じゃから、地震対策や津波対策は、二の次、三の次になる下地は十分にござったろう。そして冷戦が終結し、地球環境保全の時代が来ると、地球温暖化効果ガスを出さないなどと、平和ボケも甚だしい原発コピーが闊歩しだすわけじゃ。じゃが、今、核弾頭は必要ない。尖閣諸島や竹島や北方四島といった領土問題、海底資源問題はあろうが、戦争にはならん。なぜなら、資源や財産が無駄に浪費され破壊されるからじゃ。それよりも領土を買い占めたり、会社を買収したりする方が、平和的に日本から収奪できるからのう。そうじゃろう。北方領土じゃって、そこで取れた水産物や資源を日本に売ればそれでいいわけじゃからな。今、日本を武力攻撃して得すると考える国は恐らくない。勝手に入り込んで悪さをして収奪すればいいんじゃ。話がそれたわい。要するに、原発が高コストなのは昔からわかっておった。もう日本人は騙されんて。そして日本人は賢いから、いくら暑くたって、生活スタイルを変え工夫して節電しこの夏を乗り切るじゃろ。根性も知恵も諸外国人より高いからのう。八百万の神は見捨てんよ。この夏は、冷夏になるて。花山大吉

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2011年5月 6日 (金)

浜岡原発がやられたら日本国は終わる

じゃろう。間違いなく高濃度放射性物質が首都東京を襲うからじゃ。菅さんも漸くわかったようじゃ。これが自民党政権ならば浜岡原発の運転停止要請はむりじゃろうな。見直したわい。ただ徹底的な津波対策ができるまで、最低でも2、3年の停止というのは気に入らんが、まあそれくらいは目を閉じてもよかろう。

しかしあれだけ菅さんが明瞭に記者会見しとるのに、NHKの記者はトンチンカンでステレオタイプの切り口しかできんかったのう。日本がなくなるかどうか、民族存亡の危機を理解しておらんのじゃろうな。「なぜ今、浜岡原発なのか?他の54基ある原発との危機状況の意味での線引きは?こうした点にについて、明確に説明していないから、菅総理は説明せよ」じゃとさ。誰がかいたんじゃ?このニュース原稿を?学生のインターンか?30年以内に87%の確率で超巨大地震が起きる震源域にあるというたのをきいていらんおらんかったのか?福島第一原発だけでも日本は今アップアップじゃから、ここで余震が引き金となり、もし伊豆と東海方面で巨大地震が起きれば、首都機能は崩壊する。これは麻痺ではない。地震そのものより放射性物質によってじゃ。高濃度のな。そうなれば、日本列島の脳みそが溶けたことと同じになる。数十年は復興は諦めて民族大移動するほかない。菅総理の大英断を認めるのが恥ずかしいのか?大マスコミは。ま、東京新聞は前から、浜岡原発に警鐘を鳴らしておったがのう。毎日新聞も山田某氏が二度に渡り廃止せよと記事にしておったな。

名古屋の地元の人々も不安じゃろうし、菅さんに全員が声援を送るかと思ったら、中にはわかっとらんやつがおった。NHKの放送で顔を出して「代替えエネルギーを考えてから言うべきだと思う」などとな。だいがえエネルギーじゃない、だいたいエネルギー(代替)じゃ。日本が存亡の危機に立たされておるのに「代替え」じゃとさ。生きるか死ぬか、子供がガンになるか、子供を産めなくなるか、民族大移動かという状況がわかっとらん。停電で真っ暗な中でも健康に生きることがのほうがどれだけ意味があるか、重要なのか、優先度が全くわかっとらん。3、40代の男じゃった。御前崎市長も同じじゃな。原発で食ってる奴には目先のこと、己のことしか見えんようじゃ。福島第一原発を見てこんか!静岡県知事はわかっておるようじゃ。国が亡くなって御前崎市が残ればいいと思っておるんじゃろう。

電力を無駄に遣うことが豊かさではない。真っ暗な中で子作りするもよし、薄暗い街並みは、欧州では普通じゃ。日本は、ネオンやら無駄なことばかりやっておる。恐らく税制で、広告に巨額経費を認めるようになってきたあたりから、文化も意識もくるってきたようじゃ。国税庁長官が広告会社に天下るようになったあたりじゃな。

加えて54もの原発を抱えていながら、核シェルター設置率は、0.2%程度とフランスやアメリカに比べて驚くほど低い。日本民族は、生物学的にも危機に陥るじゃろう。原発が要らない慎ましく心の豊かな生活でいいんじゃ。これまでの日本の生活レベルを全人類が行うと、地球が2ついるらしいて。エアコンを使わなければ熱交換されて街に吹き出される熱風も少ないじゃろう。ビールが温くたってええんじゃ。開襟シャツの下にランニングシャツを着て、汗を吸わせて気化熱で涼めばいいんじゃ。花山大吉

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裁判官に加えて検事も責任を感じんといかん

ようじゃ。福島県前知事の佐藤栄佐久氏は、検事から「知事は日本のためによろしくない。いずれ抹殺する」と言われたそうじゃ。プレサーマルにストップをかけていたためらしい。特捜検事も地に落ちた。福島第一原発事故の責任を痛感する必要がごさる。花山大吉

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2011年5月 5日 (木)

裁判長は、原発事故の責任に関して心しておく必要がござろうな。

東電福島第一原発の事故が人災であることは自明でござるが、責任は、東電の幹部(過去にも遡る)、経済産業省(通産省時代を含む)幹部、東大工学部原子力関係教授陣や研究者(もちろん過去に遡る)、原子力保安院幹部(過去に遡る)、安全委員会幹部(過去に遡る)と言った諸々の輩にござるが、これまで、原発反対派市民による計画停止や廃止と言った訴訟は、悉く敗訴しておる。中には高裁で勝訴している件も一つ位あったかもしれんが、現在、最高裁で係争中じゃなかったかのう。何を言いたいかというと、裁判所にも、危険な原子力発電を推進した責任がある。中には骨のある判事さんもおるようじゃが、ほとんどは、国に阿り、自分の将来ばかりを慮る判事ばかりじゃ。裁判所も原発事故を対岸の火事と笑うことはできん。今回の原発事故は、規模が規模じゃし、組織が組織じゃし、背景もあるから、過去の悪事の系譜を辿るように、その罪の清算はあらゆる聖域に波及するはずじゃ。その者たちは、心しておくことじゃ。花山大吉

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2011年5月 2日 (月)

東電福島第一原発事故は第二の敗戦

でござる。日本が第二次世界大戦に突入したときの大本営発表とそれに拍車を掛けた新聞社。国民全員が正確な情報を得ることなく、一部の無責任な特権階級意識をもった輩により、日本国を破滅へ暴走させた点は全く同じでござる。加えて、当侍brで何度も言うておるように、原発は核兵器の製造能力を列強と並び世界へ誇示する手段でござった。作れるが作らないだけであり。原発が先進国の証しであるかの如く喧伝してきた。原発村の慢心にほかならんが、正力松太郎や中曽根が大きく関わった。もう敗戦はごめんじゃ。花山大吉

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