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2009年9月18日 (金)

山口編集長も大谷元記者も一茂元選手もトンチキとしか

おもえんのう。ノリピーの記者会見を見て、「質疑応答がないのはだめだ。あれは記者会見じゃない」「子供に対する謝罪がない」「我々は酒井被告のスポークスマンじゃない」じゃとよ。御主らは、コメンテイターで飯をくろうておるわけじゃろ、ノリピーに食わせてもろうておることにほかならん。文句を付け易いじゃろうな。感謝せんかい。ノリピーに。

記者会見と名付けられていたとすれば、それは、呼称を「謝罪の場」とかにすればよかったのでござる。マスコミが追いかけてくるから、やりたい放題に取材する輩がおるために、あのような場を作ったのじゃろうな。それをノリピーサイドも利用したということじゃろう。謝りたいということじゃな。いつか復帰したいということもあるかもしれん。

あの謝罪を女優としての演技やメイクやファッションやらで分析するのも結構じゃが、いろんな方面に仕事を増やして、マスコミは仕事をもらったということでしかござらん。すべては飯の種じゃ。確かに社会的な影響は大きいじゃろうじゃが、押尾のように人が死んだわけではござらん。裁判もあるから、弁護士が仕切る会見にすべきじゃったなどというのもおる。が、果たしてその必要はあるじゃろうか、ないというほかない。それはマスコミのわがままでござるからのう。彼女は、影響力はともかく公人ではないからのう。

そして、子供への謝罪じゃが、見ず知らずのカメラマンや記者もどきの前で、何で子供へ謝罪する必要があるか。ござらんね。子供への謝罪は、謝罪の場へ来るよりも、優先して直接謝るべきじゃろ。移動中の車から子供へ電話したかもしれんがね。じゃから、テレビカメラが回っている前で、子供へ謝罪する必要はござらんのじゃ。全くな。それが子供に対するマナーでござろうな。僭越じゃよ。たかがマスゴミ風情が。それも芸能マスゴミ。報道機関は日本にはほとんどないし、真のジャーナリストも数えるほどしかおらんが、その高い志がないとわからんじゃろうな。

彼女のスポークスマンじゃないじゃとよ。なら放送しなければええ。撮影だけしても放送しなければええんじゃ。生放送じゃからというならば、生放送の分だけは流すとしても、録画は二度と流さなければええのでござる。何を勘違いしておるのかのう。新聞社系の週刊誌編集長が、拉致被害者家族の記事でクビになりかけた男が何を偉そうなことをいうかのう。キツネ目の男とマブダチでサンプロで芝居じみたけんか腰インタビューをした元新聞記者が何をいうか。プロ野球では全く目が出なかった、ただの親の七光りでしかない元プロ野球選手が偉くなったもんじゃのう。

それにしても今回ほど、親子の関係の大事さを痛感させられたことはないのう。赤子時代に寺で捨てられ、ヤクザの父親のために、何度も転校させられ、ゴミのような脚本家やら自称サーファーに翻弄されて。そりゃ、強かになるのも当然じゃろう。ならなければおかしい。愛息がいい男に育つのかそれが、心配じゃ。

さて注目すべきは、彼女の口の周りに産毛が生えておったということじゃ。誰も気がついておらんようじゃからいうておく。メイクよりもそこじゃよ。見るべきは。それと睫から零れ落ちた、泪は、15粒じゃった。頬を伝ったのがウチ一つくらいかのう。ボトボト落ちたからのう。マスコミは、押尾をやるべきじゃ。できんじゃろうがのう。何故か?それは御主らの上の方がよく知っておるよ。花山大吉

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