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2008年2月26日 (火)

再度申し上げよう子育ては国家を成すこと也

こども庁だと。少子じゃなくて笑止。前にも、吉永小百合は子供を産みたかったが、「子育てと女優業の両立は無理と断念した」ことをここで述べたが、まだ、国も含めて多くの方々がわかっておらんようじゃのう。吉永小百合のご子息であれば、美男か美女であったことは間違いないし、頭脳も明晰で、性格も申し分のない人間ができていたであろう。とはいえ、多くの名作映画が、子供みたいなものかもしれんのう。母べえというのもその一つになるようじゃて。

子育ては、国家を成すことに等しい。偉い人間になどなる必要は全くない。偉いと言われている人間ほど眉唾じゃからのう。常識のあるまともな人間になるように育てればいいだけじゃ。だけなんじゃが、この「まともな人間」にするのが難しいんじゃ。そもそも親がまともでないケースが増えておるからのう。子供の周辺にまともな人間がおれば、親など居ようが居まいが、子は育つ。親はなくとも子は育つというヤツじゃ。まともな人間がたくさんおれば、国は安泰じゃ。多少のことがあってもびくともせん国になる。それがわかっておらんから「こども庁」という発想になるわけじゃ。省益やら利権やら権力やら総理の見栄やら手柄やら、その他バカドモの佃煮がよってたかって、「こども庁」という発想を下支えしておる。そうじゃないんじゃよ。まともな人間になるには、子育てと親の教育・親の意識改革の両方をせんとならん。まともじゃない親を少しでもまともにすることじゃな。福田にはわからんじゃろうな。まともじゃなさそうじゃしのう。花山大吉

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