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2007年5月28日 (月)

侍の死は逃げであってはならぬ

M農水大臣が自殺した。これに関して、あの知事は、「死ぬことによってケジメをつけた云々で、彼は侍だったということ」みたいな頓珍漢な発言した。彼は、三島由紀夫氏の死に直面したときには、非難していたのに、いつのまにか、ずーっと三島氏と同じ考え方をしていた旨のことを語るに至っている。ミシマと呼び捨てにするのを何度か聞いたが、それほどの付き合いではない。酷評された彼の小説を、三島氏は、死の数ヶ月前のインタビューで、少しだけかばう発言をして上げた程度だ。

数年前に、女子大生ら若い女性が、芥川賞だか直木賞を受賞したことで、偉そうな発言をしていたが、彼も本質的に彼女らと変わらない。彼女らもそうなる可能性が高いが、彼の才能はもう枯れている。若くしてデビューしただけに、インプットが少ない。よってアウトプットが、すぐにエンプティーとなるのは摂理。質量保存の法則は、物理的にも心理的にも通用する。現実に無から有を生むというのは、実際にはありえず、様々な体験や交流から、それを裏返したり、膨らましたり、掘り下げたり、透かして見たりしているに過ぎない。それを文章力で読ませる。いろんな職業や才能の人たちがいるが、そのネタが枯れると政治家になるものらしい。

あの知事は、前にこんな恥もかいている。尖閣諸島に関する自らの手柄の如き偉そうな記事を書いてしまったことで、同諸島に関して、長年独自に活動している右翼団体から噛み付かれて、びびりまくり、月刊オピニオン誌Sにその団体を持ち上げる記事を書いている。彼は、ダサすぎる。喧嘩するなら強い相手と刺し違えるくらいでなければならぬ。彼は侍ではござらん。勿論、M農水相も同じだ。彼の死は、緑資源機構の捜査や司直の手から逃れるためである。それも委員会で自身の疑惑が追及される日に、パジャマ姿で、首を吊るのは、絶対に侍の死ではない。輩の死でござる。

侍の死をもって、責任を果たすという儀礼は否定するものではないが、こういう場合ではござらん。勘違いも甚だしい。何とか還元水などと、侍は言わない。最初から政治資金のくだらない数字の操作などはしない。例え部下が勝手にやったミスだとしても、それが発覚して、本当に知らなかった場合でも、部下らの責任を負い、すぐに辞任するのが侍でござる。国のために命を賭して働き、国のために死ぬ者をいうのだ。ばか者め。これで破産者・魚住参議院議員は喜ぶのか?本当だよ。花山大吉

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