« 2007年4月 | トップページ | 2007年6月 »

2007年5月31日 (木)

怒るべきところだがどうするI監督

帰国したK監督は、テレビ番組のインタビューで、I監督のことを馬鹿Iみたいなのはダメと語っていた。I監督が、映画を愛しているとかなんとか言ったとかで。I監督は怒るのか。それとも同じ地域の出身だから黙っているのかな。彼の映画Pの最初の奴を見たが、ひどいものだった。MJらが褒めていたので見たのだががっかりした。金返して欲しかったよ。

Iの頭文字で、少し前に書いた作家Iの話をもう少し。やはり彼の受賞作・ミカドの……の重要部分は、ブラックジャーナリストKの本のぱくり説が濃厚。実際に、Kが追究して追いかけたら、Iは逃げ出したんだって。ブラックはどうかと思うが、Iみたいな汚れ仕事を全くしない男よりは遥かにマシでござる。花山大吉

| | コメント (0)

2007年5月29日 (火)

W氏はフケ2でござる

自らの生き方を肯定するために書いたような本ー鈍感力ーの著者W氏は、エロエロでフケ2だ。手書き原稿に鼻くそをにじり付けていたりする。男の編集者だとそうなるらしい。小泉純一郎の片棒を担いでいた評論家I氏は、作家だったのか。作家だから、道路公団の解体を骨抜きにしてしまうんだよ。まともな作家は少ない。本当だよ。花山大吉

| | コメント (0)

2007年5月28日 (月)

侍の死は逃げであってはならぬ

M農水大臣が自殺した。これに関して、あの知事は、「死ぬことによってケジメをつけた云々で、彼は侍だったということ」みたいな頓珍漢な発言した。彼は、三島由紀夫氏の死に直面したときには、非難していたのに、いつのまにか、ずーっと三島氏と同じ考え方をしていた旨のことを語るに至っている。ミシマと呼び捨てにするのを何度か聞いたが、それほどの付き合いではない。酷評された彼の小説を、三島氏は、死の数ヶ月前のインタビューで、少しだけかばう発言をして上げた程度だ。

数年前に、女子大生ら若い女性が、芥川賞だか直木賞を受賞したことで、偉そうな発言をしていたが、彼も本質的に彼女らと変わらない。彼女らもそうなる可能性が高いが、彼の才能はもう枯れている。若くしてデビューしただけに、インプットが少ない。よってアウトプットが、すぐにエンプティーとなるのは摂理。質量保存の法則は、物理的にも心理的にも通用する。現実に無から有を生むというのは、実際にはありえず、様々な体験や交流から、それを裏返したり、膨らましたり、掘り下げたり、透かして見たりしているに過ぎない。それを文章力で読ませる。いろんな職業や才能の人たちがいるが、そのネタが枯れると政治家になるものらしい。

あの知事は、前にこんな恥もかいている。尖閣諸島に関する自らの手柄の如き偉そうな記事を書いてしまったことで、同諸島に関して、長年独自に活動している右翼団体から噛み付かれて、びびりまくり、月刊オピニオン誌Sにその団体を持ち上げる記事を書いている。彼は、ダサすぎる。喧嘩するなら強い相手と刺し違えるくらいでなければならぬ。彼は侍ではござらん。勿論、M農水相も同じだ。彼の死は、緑資源機構の捜査や司直の手から逃れるためである。それも委員会で自身の疑惑が追及される日に、パジャマ姿で、首を吊るのは、絶対に侍の死ではない。輩の死でござる。

侍の死をもって、責任を果たすという儀礼は否定するものではないが、こういう場合ではござらん。勘違いも甚だしい。何とか還元水などと、侍は言わない。最初から政治資金のくだらない数字の操作などはしない。例え部下が勝手にやったミスだとしても、それが発覚して、本当に知らなかった場合でも、部下らの責任を負い、すぐに辞任するのが侍でござる。国のために命を賭して働き、国のために死ぬ者をいうのだ。ばか者め。これで破産者・魚住参議院議員は喜ぶのか?本当だよ。花山大吉

| | コメント (0)

広域暴力団に強い著名なM氏も

前回の補足でござる。広域暴力団ほか闇の勢力に関して、他の追随を許さないジャーナリストにM氏がいる。かつてY組取材中に刃物で刺されて大怪我をされたこともある。M氏は、かつて少しの間小説を書いて、失敗している。あのM氏ですらそうなのでござる。周りから勧められたかららしいが、M氏は今、元のジャーナリストに戻っている。その後の活躍はご存知の通り。侍でござるな。花山大吉

| | コメント (0)

2007年5月25日 (金)

無と有の違いでござる

大手広告代理店にいながら作家として活躍したF氏が亡くなった。今飛ぶ鳥を落とす勢いの会員制月刊誌Fの名物編集長A氏の大学時代からの友人とか。A氏のブログにあったが、無から有を作ることはできない、というジャーナリストの苦労を述べたときに、F氏は、無から有を作るのは大変なんだ、と切り返したとか。二つの職業は、似て非なるもの。全く違う位置からスタートしなければならないのだ。前に似たようなことを書いたが、作家は作家でいたほうがよろしい。

週刊経済誌Eや週刊誌Gに連載コラムを持つH氏は、作家とジャーナリストの肩書きを持つ。十年ほど前に、大手月刊誌Bでダイオキシンのことを書いた記事を見たが、彼は、自信がなかったのだろう。あろうことか、原稿やらゲラを全部丸々、取材先の信州の環境問題研究家ににファクスしてきたそうだ。ゲラが真っ赤になるほど、間違いを直して返送したが、出版された雑誌では間違いが全く直っておらず、経団連・鉄連に都合のよい記事になっていた。体制側の雑誌社だから仕方ないが……。ただし、ジャーナリズムにおいて全てのゲラを見せることはありえない。それは闘うことを放棄したことであり、斬りつける刀を相手に渡したことに相当する。

その点から考えても、環境問題研究家に斬りつけていたのか、まずい焼却炉を作る鉄鋼メーカーや環境破壊の元凶である産業界に斬りつけたかったのかも不明だ。経団連や産業界側にもゲラを見せていた可能性は高い。もしそれをやっていたとすれば、それはジャーナリストとして切腹に値する行為だ。広告屋とか止め屋じゃないんだから。自殺する作家は多いけども……。

要するに夢現で、現実と空想の世界を行ったり来たりする人は作家でいるほかない。作家は作家で、ジャーナリストはジャーナリストでしなかく、その両方はありえないのだ。戦ったり斬りつけたりするのがジャーナリスト。読者に夢や希望を与えるのが作家。作家の方が、高いところに立っていると勘違いしている人も多いから困る。さにあらず。逆に斬られて血を流したり、ときには命まで奪われるのがジャーナリスト。いろんなことに悩んだりして、自ら命を絶つのが作家。

この行ったり来たりの中途半端な人が、吉本興業内紛を週刊Gで最初に書いたが、顛末はご覧のとおり。また先のH氏のように、いつのまにか高いところから見下ろして、わけのわからないことを書いたりする。どうしても両方やりたい方は、本文の前に、フィクションかノンフィクションかを明示した上で、読者が混同しないように、ペンネームなどを付けて、名前を変えたほうがよろしい。

無から有を生み出してはならない作業の苦労があり、無から有を生み出さなければならない作業の苦労もある。どちらも否定するものではない。ただし、その両方をやるものは、それだけの覚悟をして日頃から厳しく身を律しなくてはならない。先ごろ亡くなられた城山三郎さんのように。

城山さんは、ジャーナリスト以上の取材を重ねた上で、フィクションやノンフィクションを執筆されたいた作家だ。本当だよ。花山大吉

| | コメント (0)

2007年5月24日 (木)

更生は期待せん。潔く腹を切れ!

あの母子殺害事件の弁護団が20名にも膨れ上がっているそうだ。死刑廃止を唱える頓珍漢たちだ。弁護士は、必要な職業ではあるが、不要で無用な仕事をする輩が沢山いる商売だ。使い古された言葉だが、被害者より加害者の人権を重んじる、左派系が多いのか。

加害者は、犯行当時、未成年だったとしても、ほとんど意味はない。かつて成人男子と見なされる元服は15歳だった。それで切腹を余儀なくされた若者も多数いた。皆、涙なくして語れない運命を背負って死んでいった。

母子殺害の加害者の更生を誰が期待するのか。彼一人、牢獄で生きたところでニッポンは何も変わらない。税金を無駄遣いされるのみだ。この輩が生きることを誰も望んでいない。生きて野放しにされたら却って心配が増えるだけだ。社会へ戻ってもまともな暮らしなどできようはずがない。更生など全く期待しない。悪いがニッポンにとって、うぬの存在は不要だ。往生際が悪いぞ。また無用な弁護士たちに利用されるのも潔しとしないだろう。

うぬは、卑劣な輩だ。侍ではない。よって切腹は許されないので、打ち首である。もし、そうではないとうぬ考えるなら、最後は潔く生きた、と証明するためにとるべき道は一つしかない。うぬの口から反省の弁など聞いたところで、誰も信用しない。だから行動で示すしかないのだ。その行動をとったときにもう一度、要る人間だったかどうかを考え直してやってもよい。花山大吉

| | コメント (0)

2007年5月17日 (木)

スクープじゃないんだと。アイスマヌ

Y紙の女性記者の話だが、ネタ元のお先棒を担いだような記事はスクープじゃないんだと。訂正してお詫び申し上げます。アイスマヌ。花山大吉

| | コメント (0)

Y紙スクープの影に女性記者

中古車販売会社のインサイダー&内紛が勃発。このスクープを飛ばしたのは、Y紙の女性記者だが、同社の幹部が彼女に流したとか。幹部氏は大の女性好き。女性記者と懇ろになのかは不明だが、少なくともスクープ記事の第一報は、幹部氏情報に完全な丸乗り。同社トップを告発する内容にもかかわらず、当事者に当てた形跡がないところを見ると、男女関係が疑われる。それともY紙の記者レベルが落ちたのだろうか。ドラマ・ハゲタカの女性記者も直撃する相手を間違えてたし、女性の思考は男次第でどうにでもなるのかな?とりあえず、当事者を捕まえて当てましょうよ。記者諸君。

いずれにしろ、この事件は、広がります。会社自体はチープだけど。疑惑のオンパレードだから。本当かな。花山大吉。

| | コメント (0)

2007年5月16日 (水)

妊婦がいてもスパスパのC

とっくに賞味期限が切れていた、元新聞記者のCが肺ガンで番組を降板する。彼は、大手新聞社を退社して、テレビで読み屋をやっていた。国籍が違うという噂もあるが、彼の番組のトーンは、いつも現状のニッポンに批判的であったから、それも頷ける話。まあ、報道が一色になるよりはいいが、彼のジャーナリストとしての気骨を見せられた覚えは全くない。まあいい。

ところで、名を冠したニュース番組のスタッフには、妊婦もいたそうだ。それでも打ち合わせ中は、お構いなしにスパスパやっていたとか。受動喫煙の害を知らないはずはない。知らなければジャーナリストどころか、読み屋としても退場に値する筈。かの国の人間は、自分が他人から害を被る時は大騒ぎをし、自分から他人へ害を及ぼすときには、知らぬ存ぜぬ顔で通すのが常識となっている。

番組現場に居合わせたことはないが、賞味期限切れどころか、置いておくだけで、臭気が漂う状態だったに違いない。下手すればもう少しで堆肥状態。そこまでいけば、臭気さえ収まるところだ。だが自分が後進への堆肥となる認識は、全くないようで、戻ってくるつもりだとか。笑われますよ。まじで。オウム事件の際に、彼から死んだと言われたテレビ局の経営は、R社やA社から揺さぶりを掛けられているし、彼の戻ってくる席はないだろう。ニッポンの未来を担う子供たち、彼らの一人を宿した妊婦への仕打ちは、読み屋どころか人間の振る舞いとして、それが国籍に関係あるのかないのかはともかく、余りに多くのことを物語っている。その妊婦は無事出産したとか。よかった。何よりである。本当だよ。花山大吉

| | コメント (0)

2007年5月10日 (木)

誰にでも粉を掛ける司会者M

先ごろ、ティーバックで売り出していた元AV女優が引退したが、彼女にも司会者Mは、粉を掛けていた過去があったとか。対談を終えた後に、この後、おいしい寿司屋を予約してあると、しつこく口説いたようだ。勿論、彼女はお断りした。何でこんな男があちこちに出まくっているのか理解できないが、先ごろ、東京都知事選挙の結果を見て、何となく理由が解った気がしている。

また彼女が重大事件にかかわっていたという噂は本当だろうか。周りに妙な輩が多いだけではないのか。輩については、こんな話を聞いたことがある。

かつてある雑誌が彼女のスキャンダルを掲載したが、頭の悪い輩の一人が違う雑誌の編集部へ間違えて電話を掛けてきて、脅すかのようにゴネた。当日、編集部は校了明けで、記者席にライターが数名いただけだったため、電話を受けたフリーライターは要領を得ない対応をして、社員編集者がいるときに掛けなおして欲しいと話していた。最初は、穏やかに対応していたところ、余りのしつこさにライターが切れて、誰に口利いている!よくわからんが、俺が相手になってやる。心配は要らん、すぐに楽にしてやるから安心しろ。早く来い。待ってるぞ。ただし、この喧嘩は俺個人が受けたことは忘れるなよ!とカマシタ。すると輩は急に、態度を急変させて、行けなくなったとか、雑誌を間違えたと言いはじめたとか。輩は、この件は水に流すが、お前の態度が気に入らないと言ったが、ライターは、いつでも相手になる。逃げも隠れもしない、来るなら早く来い!と言って、名を告げて電話を切ったとか。侍だなぁ、このライター。漢ですね。でも本当かな。花山大吉

| | コメント (0)

2007年5月 1日 (火)

大手消費者金融と英会話学校

この前、最高裁判決が出て、問題となった英会話学校Nは、大手消費者金融Tと抜き差しならぬ関係にあるという話である。どちらも消費者を小ばかにした企業だが、どうも裏がありそうだ。Tの方は、創業経営者が亡くなったし、遺産相続やら土地問題やら外資やら、揺れ動きそう。本当かな。花山大吉

| | コメント (0)

« 2007年4月 | トップページ | 2007年6月 »